「就活の教科書」編集部 野口
「就活の教科書」の取材担当の野口です。今回は、東京情報デザイン専門職大学の安達卓俊教授にインタビューしました。防衛省の教官から大学教授という経歴を持ち、行政書士、専門社会調査士として、社会的養護が必要な児童らの支援も行う安達教授にリーダーシップの考え方や、自分を偽らないキャリア形成について詳しくお話を伺いました。

安達 卓俊(Takutoshi Adachi)
東京情報デザイン専門職大学 教授
行政書士事務所「Academic Support」代表
大阪府出身。新聞社記者を経て1986年に防衛庁(現・防衛省)入庁。主に企画、教育・研究に従事し、2023年3月に定年退官。退官時ポストは防衛省海上自衛隊幹部学校教官。現在は東京情報デザイン専門職大学でリーダーシップとチームビルディング、人的資源と組織論、キャリアデザインなどの科目を担当し教鞭を執る傍ら、資格を活かして、プロボノ活動に取り組んでいる。著書:『発令 防災担当を命ずる』ほか。博士(公共政策学)、博士(経営学)、専門社会調査士
目次
東京情報デザイン専門職大学 安達卓俊教授にインタビュー①:リーダーシップの正体
リーダーシップ=能力ではなく「役割の自覚」
── さっそくですが、「リーダーシップ」について安達先生はどのようにお考えですか。
安達先生: 書店に行けば「リーダーの条件」や「リーダーになるための・・ヶ条」といった類の、リーダーシップ関連の本が溢れています。まるで社会が抱える様々な問題の解決にあたって現時点で一番不足しているものとして、組織改革の筆頭に挙げられています。こうした類の書物に飽き足らないひとは、さらに、かつての武将や豪商、政治家の評伝から心構えを学ぼうとしますが、私は、学生たちには、「あなた以外の誰にもあなたはなれないので、だから、そんな心構えなど学ぶ必要はない」と伝えています。
また、学生から「自分にはリーダーシップがありません。どうすればいいですか?」と相談されることがありますが、「自分にはリーダーシップがない、性格に合わない」とはっきり分かっているのであれば、無理に身につける必要は、さらさらない」と、そう答えています。あなたらしく、ただそれでいいと、そう伝えます。
── 「無理に身につける必要はない」というのは、少し意外な気がします。
安達先生: リーダーは役割です。そして、リーダーシップとは、その、役割の「自覚」です。
役割の自覚の仕方は人それぞれですし、正解なんてものは、もとよりありません。同じものを見ていても、人によって認識は異なります。そんなものです。
無理をせず、飾らず、自然体のままでいい。自分にとってしっくりくるリーダーシップの形を、時間をかけて探せばいいのです。もし見つからなければ、それはそれで構わない。実際のところ、リーダーシップがあろうとなかろうと、生きていく上で、さして困ることはありません。
先陣を切るのが苦手ならフォロワーシップを伸ばす
── 先陣を切るのが苦手な方は、無理してリーダーシップを身につけなくても良いのでしょうか?
安達先生: 無理などする必要はありません。性格的にリーダーシップよりも「フォロワーシップ」の方がしっくりくるのであれば、フォロワーシップを伸ばせばいいと、私は、そう考えています。その場その場で求められることに応じて、自分なりにうまくやればいいのです。一生懸命頑張っていれば、必ず誰かがそれを見ていて、評価や応援をしてくれます。そんなものです。
マネジメントは管理ではなく「調整」
── 安達先生は、組織におけるマネジメントについてどう感じていらっしゃいますか。
安達先生: 40年間、組織にいて思うのは、日本人は「管理すること・されること」が大好きだということです。自分が全体のどのパーツを担っているかが明確であれば、周囲と調和して「役に立っている」と実感できるからでしょう。管理されると安心する一方で、「自由にやれ」と言われると、途端に何をすればいいか分からなくなってしまう傾向があります。私もそうです。
── 確かに、枠組みがあるほうが動きやすいと感じる人は多いかもしれません。
安達先生: 私は、この「管理」という言葉が若い頃からあまり好きではありませんでした。マネジメント(Management)の訳語として「管理」が使われ、マネージャーは「管理職」と呼ばれます。しかし、そもそも管理しなければ回らない組織が良い組織であるはずがないと私は考えています。
では、マネジメントをどう訳すか。私はマネジメントに「調整」という言葉を当てています。そうすると非常にしっくりくるのです。マネージャーは「調整者」であり、リーダーシップとは、役割に応じて「調整しようとすること、なんとかしようとすること」である。そう学生たちには話をしています。
東京情報デザイン専門職大学 安達卓俊教授にインタビュー②:思考の余白を生むゼミ
ほったらかしで学生の内発的動機を引き出す
── 先生のゼミはどのような雰囲気で行われているのでしょうか。
安達先生: 私のゼミは、一言で言えば「放牧主義」です。学生を信頼しているので、ゆったりと「ほったらかし」にしています。
── 「ほったらかし」ですか?
安達先生:もちろん、ただ「ほったらかし」にしているわけではありません。たぶんに、そのほったらかしという「余白」の中で、学生たちは自ら問いを見つけます。私は、正解を教えるよりも、どう考えるかというプロセスを大切にしています。内発的な動機を引き出すことを重視しています。教卓から正解を投げ渡すのは簡単ですが、それでは考える力は育ちません。この「ほったらかし」は、学生たちの主体性を引き出すための、私なりの介入の形でもあるのです。
そして私は、タイミングを見計らい、「ほったらかし」の中にでも、語りかけます。上から目線にならないことを意識しつつ、さりげなく、必要最小限の「対話」を求めます。そもそも私は、対話が考えであり、思想を目覚めさせてくれると考えています。ひとりで抱え込む思考が時に独りよがりになるのに対し、他者と交わす対話は、自分とは異なる視点という光を当ててくれます。なので、私は、対話を大切にしています。
「百点!」と肯定のシャワーを浴びせる
── 対話の中で、先生からアドバイスをされることはないのですか?
安達先生:私のアドバイスは、ひたすら「褒めること」です。学生が発言したら「ええやん! おもろい!」と褒め倒す。私の口癖は「百点」なんです。どんな些細なアイデアでも、まずは「おもろい、百点!」と肯定から入ります。褒めること、面白がること。大切にしています。褒められて嫌な気持ちになる学生はいません。ちなみに私は、すぐに調子に“乗れ”ます。
── おもろい!と褒めてもらうと嬉しいでしょうね。
安達先生:よほどのことがない限り、ひとは褒められると嬉しいので、なので褒めます。褒められると調子に“乗れ”ます。調子に“乗れ”ると、進み始めます。そんな空気の中で私はお菓子を食べ散らかします。ゼミの場が静まり返ると、その沈黙が学生への無言の圧力になってしまうことがあります。と考えて、バリボリバリボリと、あえて日常的なノイズを発生させて、場の空気を弛緩させるようにしています。
ちなみに、「あめちゃん」も配ります。学生たちは「よう食うわ、このおっさん」と思っているかもしれませんが、実際にも私はお菓子が大好きなのでよく食べますし、「よう食うわ、このおっさん」と思われたとしても気になりません。ただ、太ります。
まあ、ともあれ緩やかな空気の中で、彼らが自分の価値観と向き合い、苦しいけれどやっていて楽しい、という生きた学びを経験してくれれば、それが一番だと思っています。
東京情報デザイン専門職大学 安達卓俊教授にインタビュー③:公共の経営の再定義
公共の経営=社会一般の人々が、互いにお世話を引き受け合うこと
── 安達先生の専門である「公共の経営」について教えてください。
安達先生: 多くの人は「公共=役所・行政」と捉え、「経営=ビジネス・民間企業」と連想しがちです。しかし、言葉を分解して広辞苑などの原義に立ち返ると、全く異なる風景が見えてきます。
まず「公共」とは「社会一般、世間一般」を指します。そして「経営」の本来の意味は「お世話をすること、あれこれと準備をすること」にあります。つまり、私が提唱する「公共の経営」とは、行政が住民に何かを施すことではなく、「社会一般の人々が、互いにお世話を引き受け合うこと」を意味しているのです。
小さな田舎町で見つけた応答可能性と相互依存
── 先生はこの概念を、実際の地域調査を通じて研究されているのですね。
安達先生: はい。これは私の二つ目の博士論文のテーマでもありました。熊本県五木村の「茶話菓子会」、長野県大鹿村の「ぬくもりの会」、福島県金山町の「ひまわり会」に足を運び、そこに住む方々がどのようにお世話をし合い、関係性を築いているかを調査しました。
そこで重要になるのが、「応答可能性(Responsibility)」と「相互依存」という概念です。
応答可能性: 誰かの「助けて」という声に、即座に反応してあげること。
相互依存: 一方的な依存ではなく、自立した個人同士が、いざという時に頼り合える関係。
安達先生: 過疎・高齢化が進む農村部では、こうした非公式なネットワークが、孤立を防ぐ強固なセーフティネットとして機能しています。
地域の「しがらみ」は、他者に見守られている証
── 地域特有の「しがらみ」についても面白い知見があるとお聞きしました。
安達先生: 「しがらみ」と聞くと、多くの人は「自由を奪うネガティブなもの」と感じるでしょう。しかし、実際に村の方々に「しがらみはありますか?」と尋ねると、「ないよ」という答えが返ってくることが多いのです。実は、「しがらみ」を前近代的な拘束としてネガティブに捉えているのは、むしろ都会の人間ではないか。私はそう考えています。
都会は一見自由ですが、実際には膨大なルールやシステムにがんじがらめに管理されています。一方で、地方の「しがらみ」は、言い換えれば「誰かが自分を見ていてくれること」であり、困った時に「助けてもらえる権利」でもあります。この関係性をポジティブに使いこなすことこそが、現代のリスク社会を生き抜く資源になるのです。
── 災害対応に関するご著書も、この「お世話」の文脈にあるのでしょうか。
安達先生: 特別な訓練よりも、日々の暮らしの中で「他者に心を配り、世話をする」という関係性が、有事の際に最大の力を発揮します。
被災したからといって、ただ助けられるのを待つだけではありません。それぞれが役割を担い、自立しながらも、互いの生存を支え合う。この「相互依存」の形こそが、私が理想とする「公共の経営」の現場なのです。
東京情報デザイン専門職大学 安達卓俊教授から就活生へメッセージ
組織が伸ばしたくなるのは「素直で可愛げのある人」
── 多くの学生を見てきた中で、「この若者は伸びる」と感じる共通点は何でしょうか。
安達先生: あくまでも個人が感じるところで一概には言えないのですが、私が伸ばしたくなるのは、やはり「素直な人」や「可愛げがある人」です。感情を抑え、自分を適切に演じられること、愛想良くできることも大切かもしれません。
そして、何より「カッコつけない、誤魔化さない」こと。自分に嘘をつかない姿勢は、必ず相手に伝わります。自分を偽らず、やるべきことを淡々とやる。そんな人間を組織は伸ばしたいと思うものです。
「自分探し」よりも、心を耕す時間を大切に
── 最後に、就活生に向けてメッセージをお願いします。
安達先生: エントリーシートのために「自分にしかない能力」を必死に探す学生が多いですが、他人にはない自分だけのものなんて、そう簡単に見つかるものではありません。自分の価値は、人との比較で決まるものではないのです。
思い悩む時間があるのなら、言葉が豊かになり、思いが優しくなるような素敵な本を読む時間に充ててください。
これから就職しようとしている会社や仕事が自分に向いているかどうかなんて、きっと最後まで分かりません。気がついたら長く続いていた、というのがせいぜいのところです。だから、向いているかどうかで悩む必要はありません。それよりも、目の前の縁を大切にし、言葉を磨き、心を耕し続けてください。その積み重ねが、必ずあなたの道を拓いてくれます。

大学等高等教育の就学を公的に支援する政策制度に関わる調査研究に取り組み、仲間とともに、社会的養護を必要とする児童の就学支援へとつなげる活動を行う。令和5年8月の事務所開設以来、一人ひとりの歩幅に寄り添い、社会への一歩を共に踏み出す支援を大切にしている。どんな環境にある子も、等しく学び、自分らしく成長していける社会を目指して、高等教育の支援制度を研究しています。仲間とともに、社会的養護を必要とする児童が孤独を感じることなく、社会の優しい手によって次のステップへと送り出される。そんな、背中をそっと押してあげられるような就学支援を形にしていきたいと考えている。
また、がん哲学外来市民学会認定コーディネーターが主催するカフェAilleurs と連携し、癌などの病気によって、大学等高等教育機関での学業の中断を余儀なくされた学生の相談、支援を行っている。一度途切れてしまった道も、いつか自分らしいキャリアという希望に変わるよう、病状や状況に応じた柔軟なキャリア形成を共に見つめている。
「就活の教科書」編集部 野口
自分だけの特別な能力を探すのではなく、目の前の役割を自覚し、周囲との「調整」を大切にする。
安達先生、これからのキャリアを考える上で非常に大切な視点をありがとうございました!

