【インタビュー】和歌山大学 厨子直之教授 | 心理的資本が導く”キャリア”と”働きがい”

「就活の教科書」編集部チェスンウ

こんにちは!「就活の教科書」取材チームのチェです。

本日は、和歌山大学の厨子直之教授にお話を伺いました!

厨子直之教授、本日はよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

厨子直之教授

Profile

厨子 直之(ずし・なおゆき)
和歌山大学 経済学部  教授

関西学院大学商学部卒業後、神戸大学大学院経営学研究科に進学し、修士課程・博士課程で学ぶ。博士号取得後は和歌山大学経済学部に着任し、教育・研究に従事している。
研究テーマは「ポジティブ組織行動」や「組織開発」「心理的資本」など、人と組織の前向きなエネルギーに関わる領域。ウェルビーイングやワーク・エンゲージメントといった概念にも注目し、組織の中でいかに人の力を引き出すかを探究している。

 

和歌山大学 厨子直之教授にインタビュー①:心理的資本が高まる職場——「職場のパフォーマンスは環境で決まる」

 

「就活の教科書」編集部チェスンウ

さっそくですが、先生の専門分野である心理的資本について教えてください!

私自身が研究している「心理的資本」という概念は、従業員が持つポジティブな心理的状態のことです。

  • 希望(ホープ)
  • 自己効力感(エフィカシー)
  • 回復力(レジリエンス)
  • 楽観性(オプティミズム)

こういった「内面的な強さを持つ社員が多い組織ほど、パフォーマンスが高くなる」という結果が実証研究で示されています。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

「職場環境が良いから社員のパフォーマンスが向上する」のか、それとも「優秀な社員が集まっているから良い職場環境が形成される」のか、先生はどちらが先に来るとお考えでしょうか。

私たちの学問領域では、「良い職場環境があるから、パフォーマンスが上がる」という前提で理論が組み立てられています。

実は、心理的資本を高める研修(約2.5時間)を行うと、投資利益率(ROI)が270%になるという研究結果まで出ています。

つまり、ポジティブな心の状態をつくる=パフォーマンス向上につながるということです。

ただ、このテーマは経営学でも組織行動の領域でもよく議論されていますが、厳密な因果関係の検証は実験手法を使わないと難しいんです。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

理論的に検証するのは難しいのですね。

理論面では、JR(Job Resources)モデルというものがあり、個人が持つポジティブな資源(心理的資本など)が

  • 働きがい
  • エンゲージメント
  • 生産性

を高めるとされています。

つまり、理論的にも実証的にも「先に環境が良いこと」が重要だと言えます。

厨子直之教授

 

心理的資本は個人が育てられるもの

「就活の教科書」編集部チェスンウ

「心理的資本は人によるものなのか」についてお伺いします。

ポジティブの尺度も人それぞれだと思いますが、やはり「生まれつきの性格で決まるもの」なんですか?

心理的資本は「向上させることができるもの」だと考えています。

一例として、私は大学病院で、心理的資本を高めるための研修を行っています。

研修の前後で統計的に分析してみると、「研修前より研修後のほうが心理的資本のスコアが確実にアップしている」という結果が出ているんです。

心理的資本の一番重要な特徴は、開発可能性です。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

生まれつきの才能がなくても、心理的資本を高められるのですね。

当然ながら、生まれつきの性格や傾向を完全に否定はできません。

しかし、それが“すべて”ではありません。

重要なのは、

  • 個人の強みを伸ばす研修
  • 職場で支援を与え合う風土の醸成
  • フィードバック
  • 成功体験の積み重ね

なんです。

こういった介入によって、誰でも心理的資本は高めていけるという点に注目してほしいです。

厨子直之教授

 

失敗を攻める職場では心理的資本は育たない

「就活の教科書」編集部チェスンウ

学生は心理的資本を高めにくいと思いました。

もし、そういった職場に入ってしまった場合は、すぐに他の職場を探すなど、早めの決断が必要なんでしょうか?

それも一つの選択肢ですが、個人的にすぐ辞めてしまうのは少しもったいないとも思っています。

働く環境を変える方法は辞めるだけではなく、「部署異動を相談する」「上司を変えることで環境を変える」「副業・兼業など“越境学習”で外の刺激を得る」

など、いろんな手段があります。

これらは辞めるほどの大きな決断ではなくても、環境を変えることで心理的資本が育つケースもあります。

ただ、いろいろ試した結果、「自分にはどうしても合わない」「フィードバックどころか常に攻撃される」などの状態が続く場合は、転職という選択肢を取ることは合理的だと思います。

つまり、辞める前にできることはいくつか試したうえで、最終的に合わないなら次に進むほうが良いんです。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

職場内の環境を変えることも一つの方法ですよね!

 

学生時代に“心理的資本を高めたい?「高められる環境に身を置く」

「就活の教科書」編集部チェスンウ

先ほど、研修で心理的資本を高める話をお聞きしたのですが、学生のうちにどんな経験を積めば、心理的資本を高められるのでしょうか?

まず、心理的資本を高めるためには、その構成を理解する必要があります。

心理的資本は以下の4つの要素で構成されています。

厨子直之教授

心理的資本の要素

それぞれの英語の頭文字をとって、“HERO”と呼ばれています。

H:Hope(希望)→「目標達成の意思」「うまくいかない時に別の方法を探し、前に進める力」

E:Efficacy(エフィカシー/自信)→「難しい課題にもきっとうまくいくと挑戦できる力」

R:Resilience(レジリエンス/回復力)→「失敗や困難に直面しても立ち直る力」

O:Optimism(楽観性)→「現在や未来をきっとうまくいくと前向きに捉える力」

例えば、学生時代に高められる心理的資本として、「エフィカシー(自信)」と「レジリエンス(回復力)」が挙げられます。

エフィカシーにつながるケースは、アルバイト先で、「難しい業務を任せてもらう」「試行錯誤しながらやり遂げる」「周囲に認められる」など、バイト先での経験が成功体験となり、自身につながる場合です。

いうまでもなく、難しい仕事に挑戦すれば失敗することもあります。

しかし、そのときレジリエンスは育ちます。

例えば、「上司が支えてくれる」「適切なフィードバックがある」「次はこうすれば大丈夫」などのサポートを受けながら失敗から立ち直る場合です。

厨子直之教授

 

落ち込みやすい人こそ、周りの環境を慎重に選ぶべき。

「就活の教科書」編集部チェスンウ

失敗からどう立ち直るかという力について、もう少し伺いたいです。

気持ちを切り替えるのが苦手な人も、身につけられる力なんでしょうか?

レジリエンスを高める上で、一番大きいのは周りからのサポートだと思います。

職場なら、「上司・先輩・同僚」。

大学なら、友人や先輩など、周りの人たちからの支援や励ましが、“回復のきっかけ”になります。

例えば、「私も同じ失敗をした。次はこうすればうまくいくよ」といったアドバイスや共感は、レジリエンスを引き上げる重要な要素です。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

回復力の源は周囲のにあるのですね。

一方、自分の中の工夫としては、視点の切り替えが役立ちます。

「今回の状況が特殊だった」「相手が強すぎた」「環境がたまたま良くなかっただけ」など、捉え方次第で失敗を“自分の全否定”につなげずに済みます。

これは心理的資本の構成要素であるオプティミズム(楽観性)にも関係のある話です。

ただ、やはり人間は自分だけで立ち直るのは難しいものです。

「適切な励まし」「共感してくれる存在」「建設的なフィードバック」など、他者からの働きかけ”の方が、レジリエンス向上には効果があると感じます。

厨子直之教授

 

和歌山大学 厨子直之教授にインタビュー②:就活で評価されるのは「行動の中身」——ガクチカのエピソードより「プロセス」の伝え方

今の採用はどう変わっている?「コンピテンシー面接」「オンライン」

「就活の教科書」編集部チェスンウ

先生の専門分野である人的資源管理についてお伺いします。

その中でも、就活生が気になる「採用の事情」についてお聞きしたいです。

従来と変わっていないものとしては、「企業の文化や価値観と合う人を採用する」という考え方です。

最近、本学に来てくれた人事担当者の方も、文化や価値観など、自分たちと合うかどうか”を最も重要視していました。

そして、人事担当者の方も学生時代の就活軸を「自分に合う会社かどうか」で決めたとおっしゃっていました。

つまり、求職者と企業との相性は昔から変わらず、採用基準として残っています。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

逆に、変わっている部分はどんなことがありますか?

採用の変化ポイントを二つに分けて紹介します。

一つ目は、面接手法です。

ここ10年ほどでかなり広がってきた手法で、コンピテンシー面接というものが注目されています。

ここで、コンピテンシーとは「最も高いパフォーマンスを出している人の行動特性のこと」です。

コンピテンシー面接では、「部活で全国大会で優勝しました」という成果だけを聞くのではなく、「どんな工夫をしたか」「どんな挫折をどう乗り越えたか」といったプロセスを深堀りします。

つまり、部活での取り組み方が仕事で再現できるかを確認するのです。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

世の中が変わるにつれ、採用の仕方も変わっていくのですね。

二つ目は、SNSなどの普及により、「企業」と「応募者・内定者」との接点が多様化しています。

例えば、「長期インターンシップ」「”オンライン×対面”のハイブリッド選考」「SNS・YouTube発信」「リファラル(紹介)採用」など、学生と企業の接触回数が多くなったんです。

また、こういった幅広い媒体から人材を集める企業も増えています。

厨子直之教授

 

企業はなぜリファラル採用を使う?「メリットは責任感のある人材確保」、デメリットは「偏り」

「就活の教科書」編集部チェスンウ

リファラル(紹介)採用の普及により、これからはOB・OGとのつながりが大事になってくるのではないかと思いました。

そういった採用が増えるにつれ、社内に同じ出身校の人たちが集まりやすくなるのでしょうか?

そうした採用のあり方が、優秀な人材の紹介までつながる可能性があります。

一方で、よくも悪くも似たタイプの人材が集まりやすいともいえます。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

企業にとってリファラル採用はどのようなメリットがありますか?

先輩の紹介で入社した人は、責任感強く、一生懸命働くため、組織にとってプラスになります。

ただ、革新的な商品やサービスを生み出したい企業は、幅広いバックグラウンドの人材を集めることが必要です。

リファラル採用では、多様な人材を集められるかがポイントになります。

厨子直之教授

 

就活で本当に評価されるポイントとは?「行動の中身」

「就活の教科書」編集部チェスンウ

世間ではガクチカランキング(ガクチカが強い・弱い)が出てきています。

それを真に受けて「ガクチカの中身が弱い」といった悩みを抱えている就活生もいますが、人事担当者の考えについて教えていただけますか?

最近、人事担当者話の方に「アルバイト」「留学」など、同じような経験を語る学生が多いという話を聞きました。

そのため、何をしたかよりどう取り組んだか”が大事ではないかと思います。

実際、企業が知りたいのは、経験そのものより、「その経験の中で どう工夫したか」「どう チャレンジしたか」「どう 失敗し、どう乗り越えたか」

という“プロセス”の部分です。

同じアルバイトでも、同じ留学でも、“取り組み方”が人によって全く違います。

だからこそ、プロセスの語り方が、その人らしさになる。

当然ながら、こういったプロセスを丁寧に伝えられるかどうかで面接官の心に響くかどうかが決まると思います。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

ガクチカと同時に、周りに比べて「学歴が高い・低い」のを気にする学生もいると思います、、、

学歴そのものよりも、「経験の意味づけができているか」「自分なりの工夫があるか」「壁に当たった時にどう動いたか」の方が重要です。

つまり、今の採用で最も重要視されるのは“行動の中身なんです。

だから、学歴や派手な実績がなくても、自分の経験を「どう伝えるか」が大事だと思います。

厨子直之教授

 

人事の悩みは「どうやって社員の働きがいを成果につなげるか」

「就活の教科書」編集部チェスンウ

最近、人事の方が抱えている「悩み」「ジレンマ」についてお聞きしたいです。

各企業の人事は、「どうやって社員の働きがいを高め、企業の価値につなげるのかを悩んでいる」と思います。

近年、「働きやすさ」「離職率」 「社会や環境への貢献」「社員の幸福度」(ウェルビーイング)など、 非財務指標に注目されている中で、もはやパフォーマンスといっても売上や利益といった“財務的な成果”だけでは企業の持続的な成長にはつながらないようになりました。

一方、国際比較で見ると、日本は「働きがい」が低い国なんです。

これがいま、大きな課題になっています。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

では、課題を解決するためにどういった施策が出ているのですか?

残念ながら、「具体的にどうすれば働きがいが上がるのか?”という方法論」がまだ確立されていないです。

例えば、「福利厚生を増やせばいい?」「管理職教育を変えた方がいい?」「リモートワークをどう取り入れる?」など、施策はいろいろあっても、
「これだ!」という正解がまだないんですね。

企業は何をすべきか模索しており、人事はそこに頭を悩ませている状況です。

厨子直之教授

 

給料を上げることが万能ではない

「就活の教科書」編集部チェスンウ

働きがいは給料を上げる方法で解決できないのでしょうか?

給与が上がれば生活の質が安定しますし、働く人の心理的余裕やパフォーマンスに影響する面もあります。

ただ、私たちの分野(経営学・組織行動)の研究では、金銭的報酬が人の満足度や働きがいを押し上げる効果には “上限がある”とみています。

つまり、給料は大事ですが、無限にモチベーションを高めるわけではないということです。

逆に、外的報酬(お金)を上げすぎると逆効果になるという研究もあるんです。

金銭的報酬はもちろん必要ですが、それだけでモチベーションを維持するのは難しくなってきます。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

金銭的報酬だけでは、人のモチベーションを上げにくいということですね。

実は、働きがいやパフォーマンスに長期的に影響するのは、内発的動機づけ(intrinsic motivation)なんです。

「仕事の意味」、「達成感」、「成長実感」、「貢献感」と呼ばれる部分です。

つまり、「この仕事に意味を感じる」「成長実感がある」「自分の価値が発揮できている」など、内側から湧き上がる動機づけ”こそが、仕事の成果や継続性に強く影響しているのです。

厨子直之教授

 

和歌山大学 厨子直之教授から就活生へのメッセージ:学生時代にしかできない経験をやる

「就活の教科書」編集部チェスンウ

最後に、就活生へのメッセージをお願いします!

就活生には、「学生時代にしかできないことをたくさん経験してほしい」と伝えたいです。

就活がどんどん早期化していく中で、就活に振り回されている学生が増えていると感じます。

当然ながら、就活準備はとても大切です。

しかし、それにとらわれすぎて、学生時代にしかできない経験が後回しになってしまうのは、もったいない気がします。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

1年生から就活準備をする学生もいますよね、、、

実際、社会に出て、役に立つのは「エントリーシートの書き方」「面接対策」など、就活のためのテクニックではありません。

一番力になるには、大学時代のリアルな経験なんです。

「ゼミやチーム研究での対立・葛藤を乗り越えた経験」「本気で取り組んだ活動で味わった達成感や挫折」など、大学時代のリアルな経験は、心理的資本を向上させてくれます。

また、VUCA社会と呼ばれている現代で生き抜く力になります。

厨子直之教授

VUCAとは?

Volatility(変動性)

Uncertainty(不確実性)

Complexity(複雑性)

Ambiguity(曖昧性)

の頭文字をとった造語

「就活の教科書」編集部チェスンウ

今、社会で求められる力はどんなものですか?

「何かができること」より「困難から立ち直る力」「変化の中で学び続ける力」などの心理的資本のほうが求められていると考えています。

だからこそ、「学生時代にしかできないことを経験し、大学4年間積み重ねてほしい」と思っています。

厨子直之教授

「就活の教科書」編集部チェスンウ

厨子直之教授、本日は貴重なお話をありがとうございました!

厨子 直之|和歌山大学

厨子 直之|和歌山大学